「もうダメです、キャプテン」
「何言ってんだ、お前ならこんなの余裕だろう」
「ちょっと買い被りすぎですって」
真夏のトレーニングルームは早朝といえども蒸されて暑い。
休みの日なのにわざわざ集まったのは、まだ二人で恋人らしく過ごすやり方を知らないからだ。
それでもやっぱり休日は一緒に過ごしたくて、アレックスは不器用にチャドを誘った。
『あの、キャプテン。今度の休み、トレーニングに付き合ってくれませんか?』
久しぶりの恋愛で何処か浮かれている。
それに、デートの誘い方なんてもう忘れた。ただ単刀直入に映画や家に誘うのも照れ臭いから、トレーニングに付き合ってもらうという下手な言い訳でしか声を掛けられなかったのだ。
それと、チャドの熱心さを利用した狡さも少しある。トレーニングに付き合ってと言ってしまえば、ただのデートの誘いよりも勝率が上がると思ったのだ。
案の定、チャドは二つ返事で頷いてくれた。そして今日に至る。
「ウエイトに重心を置きたいと言ったのはお前だろう」
「いやでも、これはいくらなんでも…」
「大丈夫だ、明日からの訓練に差し障らないように調整はしているから」
チャドの目が輝いている。チャド自身、ウエイトトレーニングが好きなのもあって今日は特に熱心だ。集合して2時間でアレックスは疲れてしまった。
「本当に腕が細いよな。よくそれであんな銃器を抱えていられる。それに射撃の腕も狂わないしな」
チャドが恐る恐るアレックスの腕を掴む。今までは別になんともなしに触れていたのに、こういう関係になった途端触れるのもドキマギするのはお互いのようだ。
「もうあの重量には慣れました」
トレーニング用のマットはすでにアレックスの汗で濡れている。
「でも、もっと体術を強くしたくて」
「お前は後方支援中心じゃないか」
「だから必要ないとかそういうのじゃなくて、やっぱり鍛えたいですよ」
「…分からんでもないな、その気持ち」
チャドが穏やかに微笑んだ。アレックスの気持ちが嬉しい。若い頃の自分と同じだ。
「じゃあ少し休憩を挟んでまた再開しよう」
チャドは次のトレーニングを準備しに向こうの部屋へと消えてしまった。アレックスはストレッチに使ったマットに仰向けで寝転がった。
「おーいアレックス」
「えっもう休憩終わりですか」
「…もっと必要か?」
チャドがキョトンとした顔でアレックスを見る。なんだか悔しくなってアレックスは大袈裟に顔を顰めて見せた。
「ちょっと肩が痛くて」
「…肩!?」
「ええ…」
チャドが心配そうな表情で近寄って来た。別に痛くはないが、少しじゃれるきっかけになればと思ったのだ。
「おいライフルは持てそうか?どのあたりだ、見せてみろ」
チャドは上体を起こしただけのアレックスに合わせて屈んだ。心配そうにアレックスを見下ろす。
「どのあたりだ?」
恐る恐るアレックスの肩に触れる。アレックスはむしろくすぐったくて首を竦めた。
「痛いか?」
チャドが予想以上に心配してくれた。ただそれだけでうれしくなって顔が自然とにやけてしまう。バレないように余計眉を顰めて、自分の顔を覗き込むチャドの首に手を回した。そしてそのまま顔を近付ける。
「…そんなに心配してくれるんですね」
チャドのくちびるにそっと触れた。チャドは驚いたように一瞬顔を引く。
「…キスくらい、いいでしょう」
アレックスが少し拗ねて見せるとチャドは困った顔をした。アレックスはそのまま後ろに倒れ込む。チャドは自然とアレックスに覆いかぶさるような格好になった。
「俺のこと、嫌いですか?」
「…そんなことはない」
「その証拠は?」
「……俺が好きな人以外と夜を共に過ごすような男に見えるのか」
チャドが恥ずかしそうに目を伏せる。アレックスはその瞼を見ながら先日迎えた初めての夜のことを思い出した。チャドの初々しい表情、筋肉のついた美しい肢体、自分を感じてくれている声。どれもが愛おしい。
「チャド、本当は今日デートに誘おうと思ったんですが…」
「…俺も待ってた」
「えっ、ほんとですか」
「…嘘は言わない」
チャドがまた頬を染めてそっぽを向く。同じ気持ちだったことが嬉しい。
「だから、トレーニングに付き合ってと言われて感心する反面ちょっと寂しかった」
「…キャプテン!」
二人の間にはっきりとした言葉がなかった分、不安だったのはお互い様らしい。アレックスは嬉しくなりその口をもう一度塞いだ。あのときの気持ちが蘇る。
「本当に、信じていいんですか」
「…信じるも何も、俺はずっと好きだった」
「俺もです、キャプテン。大事にします。ずっとそばにいてください」
気持ちが溢れ出て思わずその身体をぎゅっと抱きしめた。
「……こちらこそ」
チャドが頬を赤らめて頷く。二人はもう一度口付けをして、トレーニングに戻った。