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美しい棘

 

 

 

 

 

秋も深まり冬の音が微かに聞こえてくるこの頃は、どうしても人恋しくなる。

久しぶりに取れた連休をこの日のために死守して、お洒落好きなレオンと並ぶために少し服を買い揃えるためにそのうちの一日を当てた。だが一人では心細く、センスがないのを知っていたから部下であり良き相談相手でもあるエリックを誘った。エリックは快くOKしてくれ、さっそく二人で買い物に繰り出している。

 

「秋物はいいですね、落ち着いた色合いが多いし他の季節には着られないような色のものばかりだ」

「そうだな。今日はお前のセンスだけが頼りだからな。40手前の男に似合う服を選んでくれよ」

「わかってますよ」

 

案の定、流行に疎いグレンにでもわかるような小洒落た服装でエリックが現れたときは本当に呼んで良かったと思ったものだ。グレンと違ってすらっと細身な彼はモデルのようにどんな服も着こなすのだろう。レオンに劣らずセンスはあると思う。それでもレオンには出来ない服の相談をすんなりできるのはやっぱり気取る必要がないからなのだろう。

 

「上下一式揃えるってことでいいんですよね?」

「ああ。頼むよ」

「じゃあ靴から探していきましょう」

 

そういうとエリックはエスカレーターの方を指差した。

 

「靴から?」

「ええ。靴は服ほどいくつも買えませんから、靴を決めてから服を選んでいけばミスマッチも減らせます」

「…そうか。じゃあ靴だな」

 

あっさり納得してついてきてしまうグレンにエリックは笑みを濃くしながらシューズショップの並んだエリアへと向かった。

 

「レオンさんはどんな服装をすることが多いんですか?」

「うーん…どうだったかな、…」

「たとえば暗い色と明るい色じゃどちらが多いです?」

「そう言われると暗い色のものが多いかな…」

「そうですか、例えばジャケットが多いとか、細身のパンツが多いとか、そういう傾向はありませんか?」

 

そう問われて一生懸命グレンはレオンの服装を思い出す。いつも緊張してしまっているからかなかなか思い出すことが出来ない。それからようやくいつも部屋に来たらジャケットを脱いでから近づいてくるのを思い出した。

 

「ああ、そうだな、ジャケットは多い。革だったりジーンズ生地だったり色々だけど…」

「ああなるほど、なんとなくイメージはつきました。でもあのレオンさんと並ぶとなると、これはかなり気合い入れて選ばないとダメですね。レオンさんはかっこいいですから」

 

その言葉に、グレンは自分の欲目ではなく、他の男にもそう見えていることにささやかな喜びを感じた。それでも素直に、エリックのこととかっこいいと思う。

 

「いやいやエリックもかっこいいよ。モデルみたいにスリムだし、人懐っこい笑顔が誰にでも好かれるように見える」

「おだててもなにも出ませんよ」

「いや本当にそう思ってる」

「恐縮です」

 

そんな会話をしながらエリックお気に入りというシューズのセレクトショップへついた。エリックは迷いなくセレクトショップの奥まで行ってしまった。それをグレンが追いかけて着くまでに、もういくつか目星をつけてしまったようだ。グレンに向かって候補のシューズを指差して笑った。

 

「オレ、以前ここに来たとき、絶対これあなたに似合うなって思ってたんです」

「かっこいいなこの靴」

「でしょう」

 

少し誇らしげにエリックが笑う。自分のサイズを探して試着していると革のにおいがして質の良いものだと確信できる。

 

「色もこれでいいんじゃないかと思います。あとは履き心地ですが、…どうですか?」

「うん、履きやすいし歩きやすいよ」

「よかった!…あ、でも他になにか欲しいものがあればもう少し見てみてください。何もここだけじゃないし」

 

エリックがグレンに気を遣う。グレンはいつも自分を一番に気遣ってくれるエリックに感謝した。その優しく気遣いのできる性格なら、ガールフレンドの一人や二人いるだろう。大事な休日を自分のために使わせてしまったことは、いまも少し気にかかっている。

 

「いや、ありがとう。これを買うよ。俺も一目見て気に入った」

「嬉しいです」

 

そのあとも色んな店を回ってはエリックのオススメを買ったり、二人であれがいいこれがいいと言いながら選んだりした。昼過ぎに集合したものの、時間はいつの間にか19時前。外は暗く一層寒くなっていた。

 

「エリック、この後の予定は?」

「特にありません」

「じゃあ飯でも行かないか?今日は散々付き合ってもらったし、少し高いものでもご馳走するくらいはできる」

「いいえ、これはオレがあなたと買い物をしたくて付き合ったんです。オレはとても楽しかったし、もしあなたが気遣いからディナーに誘ってくれているなら、オレは断らなきゃいけない」

 

そう言うとエリックはグレンを試すように見た。そう言われては、グレンはもうお手上げするしかない。

 

「わかったよ。じゃあ気のあう友人としてディナーに誘わせてくれ」

「ありがとうございます」

 

エリックは何かを隠すように笑ってグレンの誘いを承諾した。

 

「なにか食べたいものはありますか?」

「うーん、おいしいワインが飲みたいな」

「ならオススメの店があるんですが、そこでもいいですか?」

「ああ」

 

仕事仲間としてご飯を食べに行くときも、エリックはいつもいい店をチョイスしてくれるから店選びは完全に任せていた。自分から誘ったくせに情けないと思ったのは彼の申し出に頷いた後だ。

 

「あなたはウィスキーが好きなイメージだったので、ワインのお店を選ぶとは思ってませんでしたけどね。念のためチェックしておいてよかった」

「いつも悪いな」

「いいえ、これくらい」

 

なんの躊躇いも迷いもなくエリックについていく。イルミネーションの光が目に鮮やかに映った。レオンと歩くときは猫背になってないか、レオンの隣を歩いていてかっこ悪くないか気にしすぎて気にしたことがなかったかもしれない。

 

しばらく二人黙ったままイルミネーションの中を歩いた。そして木造の一軒家のような小料理店へ。エリックに扉を開けてもらい中に入る。二人で分けられるようにいくつか料理と好きなワインを選んで落ち着いたとき、ふいにエリックと視線がぶつかる。

 

「レオンさんとはいつもどんな風に過ごされてるんです?」

 

エリックが屈託無く聞いてくる。そう言われて思い返してみるが、レオンはいつも何かしら読んだり身体を鍛えていたりしているだけで、グレンがいるからといって部屋での過ごし方を変えている様子はない。グレンがいようがいなかろうが、彼のよく言う「生産的な時間の過ごし方」を遂行するのだ。だからこの質問には、こう答えるしかない。

 

「うーん、…俺自身生産的なことは何もしてないな」

「非生産的なことを楽しめるのが恋人同士じゃないですか」

 

グレンははっと顔を上げる。レオンの隣にいるためには常に生産性を気にしなくてはならなかった。超多忙なコンサルタントとして、無駄な時間は一切必要ないとすら思っているレオンは仕事のためなら危険もおかすし、女性とも遊び、お洒落にお金を使うことも忘れない。その過ごし方がレオンらしいと言えばそうだし、憧れに似た感情で彼を好きになったのは否めないが心の奥の何処かでは恋人といても行動パターンや生活範囲を変えないのが寂しくもあったのかもしれない。酔いが回ってきたようで、思考がネガティブな方向へ向かう。

 

「…レオンは、いつも生産的な過ごし方をしたいと願っている」

「それも素敵ですが、…あなたはどう思ってるんです?そのレオンさんのいう生産的な過ごし方で、あなたはきちんと幸せを感じてますか?」

 

心の奥で、それは違うと叫ぶ声がする。

でもそれを口にしてしまうと封じていた思いが溢れてしまいそうで口を重く閉ざして違う言葉を探した。

 

「…それには即答出来ないな」

 

それでも確かに、レオンに見つめられれば胸は高鳴るし、抱かれているときはこれ以上幸福なんてないと思う。だから幸せじゃないと言ったら嘘だろう。だが、エリックの真っ直ぐ見つめる瞳にどうして素直に頷けないのだろう。

 

「…話を変えましょう。なんでレオンさんのこと、好きになったんです?」

「うーん、何度か会っているうちに、理由はなく好きになっていったんだと思う」

「レオンさんへの第一印象は?」

「…造りのいい顔だと思った。あんな男が世界を股にかけてるなんて、天は二物を与えずというのは嘘だと思ったよ」

 

グレンがそういうとエリックはそうですね、とだけ言ってワインを飲んだ。まるでこの話の口直しをしているようで、グレンはなんとなくもやが残る。エリックが言いたいことを我慢しているのが嫌でも伝わってきた。

 

それからすぐに料理が来て、その話はそこで終わってしまった。食事中は、食前の気まずさも忘れ、自分たちのプロジェクトのこと、新人のこと、今後の会社のこと、共通の話を話し尽くしたあとはそれぞれの趣味や嗜好について話した。どんな話をしても受け止め、何かしらの反応を返してくれるエリックは、まるでレオンとは正反対だ。

 

レオンは知らないことは知らないと一刀両断だし、グレンが何に興味を持とうが自分の興味の及ぶ範疇に無いものには全く関心を示さない。

少しずつ、エリックとレオンを比較するようになっていた自分に気付いてグレンは頭を振った。

 

「大丈夫ですか?」

「…ああ、少し酔ったみたいだ」

「もうそろそろやめておきましょう。少し飲み過ぎたみたいですね」

 

そういうと店員を呼んで水を頼んでくれた。頭の奥で、レオンが自分を呼ぶ声がする。それでも目の前には心配そうな表情のエリックがいて、グレンは目を閉じた。どう考えてもレオンのことが好きだと思うのに、どうしてこうも、不安になるのだろう。レオンが本当に自分のことを愛しているのか、わからなくなり出した。

 

いや、それはいまに始まったことじゃないのかもしれないとさえ思う。

 

「本当に大丈夫ですか?トイレ行きます?」

「…すまない」

 

辛うじて答え、立ち上がった。それを見てすばやくエリックも立ち上がり、トイレまでエスコートしてくれる。その支えてくれる手がレオンだったらよかったのにと思うのに、そんなことをレオンがするわけがないとも思う。

 

トイレで胃の中のものを吐き出したあと、便座に座り茫然とするグレンの足元でエリックが必死に床を拭いたりグレンにうがいを勧めたりする。そのすべてはグレンのことを思うがゆえで、グレンの心は一層苦しくなった。

 

「グレン、いまレオンさんはどうしてますか?」

 

エリックが少しの焦燥で聞いてくる。今日は夜、女友達のバースデーパーティに行っているはずだ。

 

「パーティに、いってる」

「すいません、携帯貸してください」

 

グレンはもはや回らない頭でポケットに目配せをする。エリックはその意味を解し失礼します、と小さく断ってからポケットの端末を取り出した。そしてどこかへ電話をかける。

 

「クソ、留守電だ…!」

 

そんなこと、なにも不思議ではない。いつも留守電で、電話に出たのだって一度や二度数える程だ。

 

「グレン、すいません。オレはいまから、あなたに恋人を裏切らせてしまうかもしれない」

「どういうことだ…」

「…オレに家まで送らせて下さい。そして、あなたが眠りにつき明日、きちんと目覚めるのをオレは見守りたい。急性アルコール中毒かもしれないし、オレはあなたが心配なんです」

 

真剣にこちらを見つめる視線は、グレンに何も考えるすきを与えなかった。

 

「少しは落ち着きましたか?」

「…ああ」

 

エリックがタクシーを拾い、家に着いてすぐさまベッドに寝かされた。部屋にかすかに残るレオンの香水をかいでまた少し戻してからいまに至る。グレンはどうしようもなく不安だった。大好きなはずのレオンのことを思い出してはどうしようもない気持ちに襲われる。

 

「…エリック」

「はい?」

「…俺はどうしたんだろう…レオンのこと、好きなはずなのに、…あいつのこと考えると、苦しくてどうしようもない気持ちに襲われるんだ…ときどきあいつの前で話をするとき、手足や唇が、震えることがある…」

 

グレンはそういいながら涙を落とした。知らないうちにレオンの隣に肩を並べることが、こんなにも心に重荷になっていたのかもしれない。

 

「…だったら、無理しなくてもいいんですよ。あなたは自分を騙し過ぎたのかもしれない。…オレでよければ、いつでも頼って下さい。ね?」

 

エリックはすこし迷って、結局心を打ち明けることはしなくなった。打ち明けたらきっと、グレンは相談相手をなくす。いまの状態のグレンには、自分は相談相手としていた方が精神衛生上いいだろうと思ったのだ。

 

「…ありがとう、エリック」

「オレの胸でよければいつでも貸しますから」

 

くだけた言い方にグレンが少しだけ笑った。本当は今にでも奪いたいと思う。けれどまだ、レオンへの思いに勝てる気がしない。

 

「いいえ。オレはあなたのそばにいますから」

 

少しくらいなら許されるだろう。エリックはグレンの頭を撫でて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

作:yukino

 

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