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夜にひかれて 001

-Darius side-

 

 

 

ロッカールームからはチームメイトの賑やかな声が聞こえてくる。

その中にブレントもいるようだ。同僚といるときのブレントは明るく愉快で、戦場で見る厳しい表情のブレントとは全くイメージが違う。まあそんなギャップに惚れたのだけど。

 

「訓練だりー。暑いんだよ、今日はよ」

「今日の最高気温何度か知ってるか?38度だってよ」

「暑すぎだろ。溶けちまうよ。ブレント、お前よく愚痴の一つも言わずトレーニングなんてやってられるな」

 

訓練終わりのチームメイトたちがだべっているようだ。今日はたしかに暑かった。俺もこまめに水分補給を促したし、隊員もみんなそれに従ってくれていた。

まあこんな暑い日には愚痴の一つや二つ、出るのは仕方がないことだろう。愚痴を言ってもやることはしっかりやってくれているのだし。

 

先日のブレントの告白を聞いてから、ブレントのことが気になって仕方がなかった。いや、元々惚れてはいたのに、バカな俺は動揺して「時間をくれ」なんて言ってしまっていたのだ。

 

『キャプテン、少し話があります』

 

そう言って連れて行かれたのは小洒落たレストラン。勿論俺はすごくドギマギした。まさかブレントから誘ってもらえるなんて思ってもみなかったからだ。

ブレントの車で移動したのだが、車に乗っている間は緊張してしまって仕方がなかった。二人の間に会話は少なく、ブレントに心臓の音が聞こえてしまいそうなくらいドキドキしていたのを覚えている。車の中でオシャレなジャズが流れていたような気がするが、緊張のせいであまりよく覚えていない。

 

店に着き、料理が届くとそれまでの緊張を忘れチームの話で盛り上がった。俺はよく酒も飲んだ。ブレントは車で来ているから、と酒は飲まなかったが。

 

帰りがけ、駐車場をブレントの後に続いて歩いているときだった。ブレントが急に振り返って、真面目な顔で切り出した。

 

『キャプテン、本題に入ってもいいですか』

 

その一言で忘れていた緊張感が瞬時に戻ってドキドキした。声が震えないように頷くと、ブレントがその鋭い瞳で俺を射抜いた。

 

『キャプテン、好きです。出会ったときからずっと、あなたのことが好きでした。俺と、付き合ってくれませんか?』

 

そう言ったときのブレントは本当にたとえようのないくらいかっこよくて言葉が出なかった。

そして、臆病な俺はその言葉を簡単に信じることが出来なかったのだ。

 

『…それは、本当か』

『ええ、神に誓って』

 

そう聞いたきり、黙ってしまった俺を見てブレントは少し困ったように笑った。

 

『キャプテン、いま無理に答えをもらう必要はありません。もし、いま何も答えられないというのなら、俺はいつまででも待ちます』

 

ブレントは俺に近付いてきて、俺の腕にそっと触れた。そして、きっと俺はさぞかし情けない顔をしていたのだろう、ブレントは俺の頭を撫でた。

 

『…少し、時間をくれ』

『ええ、わかっていますとも。いくらでも待ちます。だからいつか、あなたの言葉で聞かせてください』

 

ブレントはそっと車の助手席のドアを開けた。そして、少し切ない顔で微笑む。

 

『さあ乗ってください。今日は家の近くまで送ります。遅くまで付き合ってもらったので』

 

そう言われて助手席に乗り込んだところまでは憶えている。そのあと、気が付いたら家のベッドで眠っていた。テーブルの上に、ブレントからの短い手紙が置かれていた。

 

“ダリウスへ

今日はありがとうございました。

すぐに答えなくていいです。

明日からもまた、よろしくお願いします。

 

ブレント”

 

 

 

 

 

 

俺はロッカールームの奥にある会議室に用事があるのだが、なんとなく 楽しそうな空気を壊すのが嫌で入るのを躊躇われた。やっぱり、隊長という立場上、俺が入っていくと空気が張り詰めてしまう。

まだ時間もあるから、彼らの話に区切りがつくまで少し待っていようと思った。

 

ロッカールームは多くのロッカーが置いてあり、ドアをあけてもすぐには彼らの目に触れることはない。ベンチも所々に置いてあるから、そこで座って何か飲み物でも飲んで待っていることにしよう。

 

「で、最近ダニエルはどうなんだよ?」

 

ブレントの楽しそうな声がする。

姿は見えないが、ロッカールームは声が響くから会話が丸聞こえだ。

 

「いやまあそれなりに順調だよ、あんまり会えないから会えば毎回やってる」

「え、1日何回ぐらい?」

「いや、7回はやるっしょ」

「マジかよ!絶倫だな!」

 

なかなか過激な話をしている。余計に入っていきにくくなってしまった。ダニエルは南部出身の26歳で、とても体格に恵まれた男だ。元から元気な若者という印象があったが、下半身も随分元気なようで。俺は想像するだけでめまいがする。

 

「アレックスだってそれくらいは余裕だろ?」

 

次に話に挙がったのは、ブレントと同い年で顔立ちの整った男だった。性格は大人しい印象だが、同僚の前では違うのかもしれない。

 

「そうだな、でもまあそれも今のうちだけだ。歳を取れば誰だって1回や2回で満足するようになるんじゃないか」

「それも寂しい話だよな。でも女のほうだってとことん付き合ってくれるやつとそうでない奴もいるし。まあ今の彼女は元気だから最後まで付き合ってくれるけど、元カノは1回でもういいわって言ってたしな」

 

ダニエルが答える。そうか、まあ女も大変だよな。

 

「ってか、おまえら普段どんなプレイしてんだよ?」

 

ブレントが急に変化球を投げ込む。まあ若いし、そのー、なんだ。まあ仕方のないことだろうけどさ。

 

「え?普通だよ。まずはバックだろ、それから彼女に上に乗ってもらってさ。ああ、勿論口で奉仕はしてもらうさ」

「俺もまあ似たようなもんだけど。あっ、勿論ケツの穴も犯すぜ」

 

ダニエルとアレックスはあっけらかんと答えた。そこに最近配属になったブラッドの声も混ざる。

 

「俺はもっぱらアナルっすね。締まりがやっぱ違うじゃないですか。それに中で出してもリスクがないのが何よりですよね。やっぱ中出しは男冥利に尽きるというか」

「それはそうだな。俺は彼女にピル飲んでもらってるから中出しし放題だぜ」

 

普段俺とはなかなか喋ってくれないアレックスも、随分グイグイ来るんだな。やっぱり同僚と話をするときは皆変わるものだ。

 

「あー、やべえよ。こんな話してたらしたくなってきた」

 

ダニエルが笑いながら言う。まあ、結構生々しいし仕方がないことなのかもしれない。男所帯で、寮暮らしということもあり性欲の発散場所がないし。

 

「本当だよな。毎日抜いてたあの頃が懐かしいぜ」

 

アレックスが笑う。ブレントとブラッドの笑い声もそこに混じる。

 

「そんで?ブレント、おまえはどうなんだよ。さっきから随分聞いてばっかじゃねえか」

 

ダニエルがブレントに問う。これは絶対ニヤニヤしながら聞いているに違いない。

 

「たしかに。おい、ブレント。おまえ、彼女いたっけ?まさかいないとは言わせねえよ」

「いやいや、彼女はいねえよ」

「おい、俺らの仲で嘘はよくねえな。とっとと白状しちまいな」

 

ダニエルとアレックスに畳み掛けられて、ブレントは困っているようだ。俺までなんかドキドキする。

 

「うん、まあ好きな人はいる。それで、こないだ気持ちを伝えたんだけど、どうも信じてなさそうなんだよな」

「なんだって?じゃあまだセックスもしてないのか?」

「勿論。オレは嫌がる相手を無理に犯すほど鬼畜じゃないさ」

 

ブレントがそう言うと同僚たちは笑った。たしかにあの時だって、腕と頭に軽く触れたくらいでそれ以上を求めようとはしてはいなかった。

 

「はやくセックスに持ち込んじまえよ。お前ならどんな女でも大体誘えば行けるだろ?なんでやっちまわねえんだよ」

「なんでって…」

「で、どんな相手なんすか?」

 

チームメイトの畳み掛ける質問に、ブレントが苦笑いするのが聞こえた。ブレントは何と答えるのだろう。

 

「いや、さ。女じゃないんだ」

「なんだって?」

「まさか」

「驚いたなこれは」

 

三者三様の答えを聞いて俺も思わず苦笑いしてしまった。

 

「どうでお前、こないだ言ってた医務室のケイティの話に乗ってこなかったのか」

「なんだ?ケイティの話って」

「おいその話はもうよせって」

「いや、医務室にケイティってのがいるだろ?あの若いべっぴんさんがさ。こないだブレントが怪我して医務室に行ったとき、ケイティが夢中になっちまってよ」

 

ダニエルが続ける。ブレントが止めてもダニエルは止める気がなさそうだ。それに俺も初耳の話で興味がある。

 

「ケイティってかなり美人だし、俺たちと年も近くてモテるからブレントもてっきりその気かと思ったらさ。こいつってばデートにも行ってやらなくてな」

「それは仕方ないだろ」

「ケイティの奴、すっげーへこんでたんだぜ。いままで落とせなかった男なんてきっといなかったんだろうな」

「たしかに美人ですからね」

 

ダニエルが事の概要を述べるとアレックスとブラッドが興味深そうに頷いた。ブレントは終始困り顔なのだろう。

 

「それでよ。誰が好きなんだ?」

「おいおいダニエル、それを聞くのは野暮ってもんだ。俺はもう見当ついたね」

「俺もです。そう言われれば結構わかりやすいですよね」

「おいおい、俺だけかよ」

 

二人は見当がつくと言っているが、そこに俺の名前が出るかまだ不安なあたり俺はブレントの告白を100%信じていないのだろう。

 

「…キャプテンだよ。オレが好きなのは」

 

ブレントの声が聞こえてドキリとした。ああ、本当だったのか。心の底が震えるような感覚。

 

「キャプテンって、ダリウスキャプテンか?」

「ああそうだ」

「おいおいマジかよ!ううん、悪くない。…まあお前随分憧れてたしな」

「ダニエル、コイツ憧れてたなんてもんじゃないぜ。俺はよくブレントがキャプテンのこと見てたの知ってる」

「俺も、キャプテンと二人で話しているときのブレントさんの表情にあれ?って思ったことありましたもん。すっげー嬉しそうで」

 

アレックスとブラッドが付け足す。そんなこと意識していなかったけれど、訓練中よく目が合ったのはお互いの立場上の理由だけではなかったのか。少しずつ、嬉しい気持ちが湧き出てくる。

 

「っていうか!キャプテンってドMっぽいよな」

「わかる、ああ見えてベッドの上では、みたいな」

 

ダニエルの呟きにアレックスが笑って答えた。おい、俺はそんな風に見えてんのか。

 

「それで、どんなとこに惚れたんだよ」

「…うーん、どこっていうのはあんまないけどさ。全部好きだし」

 

ブレントがそう言うと周りがヒューヒューと囃し立てて盛り上がった。ブレントがおい待て馬鹿、と3人を制するが3人は楽しそうだ。

 

「それでそれで!」

 

ダニエルが急かす。

 

「いや、うーん、あのー、なんていうか、キャプテンさ、普段はめちゃくちゃカッコいいのに二人で話してるときはすっげー可愛いんだよ」

「なんだ可愛いって」

「うーん、なんていうか、無邪気に笑ったりしてさ。無防備な感じが堪らないというか」

「ああ、ギャップってやつか」

 

ブレントがポツポツと喋るのに、ダニエルとアレックスが相槌を打つ。こんなこと、俺の口からは聞けない。恥ずかしいやら嬉しいやら、複雑な気持ちだ。

 

「そんでさ、一回二人で飲みに行ったことがあったんだけど。その時にあの人、めちゃくちゃ酔っ払ってさ。弱音ばっか吐いてた。強そうに見えてナイーヴなところがまたなんていうか、オレの庇護心をくすぐるんだ」

「へえ!意外だな。可愛いところあるんだ」

「本当、意外ですね。それはたしかにキュンとするかも」

 

飲みに行ったのは憶えている。たしかにそのときはめちゃくちゃ酔っ払って。何を話したか憶えていないが、ブレントに弱いところを見せてしまっていたなんてな。

 

「…下世話な話さ、お前抜くときってダリウスキャプテンなの?」

「え」

 

思いがけないダニエルの質問にブレントが戸惑ったのがわかる。こっちも恥ずかしい。

 

「……うん、まあキャプテンだな」

「マジか!やっぱそうなるのか!」

「女の身体見てもチンコ反応しないのかよ!」

「…たしかに全く反応しなくなっちまった。でも、だからって男で抜くわけでもないんだ。元々は女が好きだったし」

 

…若さとは偉大だ。俺なんかブレントが好きでも、抜く習慣すらなくなってしまったしオカズがだれとかもう思い出せない。

ちょっと恥ずかしいけれど、ブレントが俺を性の対象としてくれているのがなんだか嬉しかった。

 

「でも抜いたあとすごい罪悪感だぜ」

「だろうな」

「その翌朝の会議で二人になったりしたら、もう爆発しそうに罪悪感がヤバイ」

「苦労してんな、お前も」

 

笑いが起きた。俺が一日の日課の中で一番幸福な時間が朝の二人での会議だったのだけれど。ブレントは真面目に話し合いをしている内側でそんなことを考えていたのか。

 

「で、返事待ちなのか?」

「そうなんだ。もう1週間になる。…もうダメなのかな」

「でもよ、朝の会議とかでは変わらず二人で話してるんだろ?」

「いや、最近キャプテンがお前らのチームのキャプテンと合同で話したがるから二人にはなっていない」

「警戒されてんな」

「だろ?もう結構メンタルがキツイ。こんなことなら言わなきゃよかったとか、思うんだ」

「うーん、…俺はさ、警戒されてんじゃなくて恥ずかしいんだと思うけど」

 

ダニエルが落ち込むブレントを励ましていたところに、アレックスが割り込む。

たしかに最近はあちらのチームと合同でやるようにしている。勿論それは気恥ずかしいからであって、二人になるのが嫌だというわけではない。だって二人になったら、俺はきっと何も話せなくなってしまう。二人でいると幸せだけれど、今は、この気まずい状態では、二人きりになる自信がなかった。

でも、そういう俺の臆病な行動がブレントを傷付けてしまっていたのだと思うと自分の小ささに嫌気がさす。

 

「俺はね、二人ってきっと両想いだと思うぜ。だってダリウスキャプテン、ブレントのこと好きだと思うんだ。視線もそうだし、二人で話してるときの表情も。そして何より、前に俺がキャプテンと話したときにブレントのことすげえ褒めてた。勿論、自分のチームメイトだからってのもあるんだろうけど、言葉の端々にそれだけじゃない感じがすげえ伝わってきてさ。なんていうか、女の惚気聞いてるみたいな気分になったぜ」

 

アレックスにはとっくの昔に気付かれていたのだろう。なかなか鋭いところがある。アレックスとブレントの話をした憶えはあるが、何を言ったのかは具体的には憶えていない。ただ、確かに俺がブレントを褒めるとしたらアレックスの言うようなことになってしまうだろうし。

 

「返事、もう少し待ってみろよ。きっといい返事が来るぜ」

「もう忘れてんじゃねーのかな。あの人」

「いや、それはねえよ。きっと不器用だから、なんて言えばいいかとかどんなタイミングで言えばいいかとか考えて時間が過ぎてしまっているだけだ」

「アレックスがこう言うんだ。自信持てよ、ブレント」

 

落ち込むブレントを2人が励ます。本当に、返事をするタイミングも掴めないし言う言葉もわからないだけなんだ。なんて言えばいいのか、全くわからない。

だけど、待たされているほうの身からしたらきっとかなり辛いのだろう。俺は馬鹿だから、ここまでブレントの本音を聞かないとそんなことすらわからないんだ。

 

「たぶんあの人はオレの言ったことを信じていないと思う」

「なんでよ」

「気持ち伝えたときに、信じられないって顔して、『それは本当か?』って言われたんだ。からかってると思われたらどうしよう」

「うーん、キャプテン確かに奥手そうだしな。困ったな。それでなんて言ったんだよ」

「まあ、本当だとは言ったけど。もしかしたらもう返事もらえないのかな」

「飯にでも誘ってみたらどうだ?」

「いや、オレからはもう何も仕掛けないよ。待ってるって言ったから」

「ふうん、まあお前も大変だな。ゆっくり返事を待ってみろよ。もし半年も経って何も言ってこないなら、そのときは諦めればいい」

「…そうだな」

 

思ったよりブレントの声に元気が無くて、俺まで泣きそうになってしまった。こんなに気持ちはブレントのほうを向いているのに、なぜブレントのことを悲しませなければならないのだろう。

俺はこっそり立ち上がってロッカールームを出た。

今日こそはきちんとブレントに返事をしよう。そうでなければ、彼をずっと悲しませ続けることになる。はやく思いを伝えよう。

 

 

 

 

 

作:chai

 

 

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