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君が大人になる前に 009

 

 

 

 

初夏くらい日差しも明るく差して、空は雲も少なく透き通るように晴れた。

 

「全く、同僚の結婚式にもみんなで出てやれないなんてな」

「すいません、それなのにリゲルチームは全員出席させていただいちゃって」

「何言ってんだ、リゲルキャプテンの結婚式だぞ。リゲルのやつが欠けちゃいけねえだろ」

 

もちろん幾つかT-SATメンバー用の席も用意されていたが、リゲルチームとレイフ、そしてエリオットとクラークの同い年二人と(レグルスキャプテン補佐のサムはレイフの代わりに、クラークもレグルス2のリーダーとして留守番をしている)司令部の関係者しか出席するのはかなわなかったのだ。

さっきまでの誓いの場面で男泣きしていたエリオットの目元はまだ少し赤い。

ウィルは遠巻きに白い衣装を身にまとった夫妻を見つめる。

 

「恩に着ます」

 

ウィルは微笑んだ。少し先には皆の祝福を一身に受けるヴィンスとその花嫁の姿がある。

立食パーティになって楽しそうに歓談している各テーブルを、二人手を合わせながら回っているようだ。

 

「…奥さんも、よく決断したよな。こんな職についてる男を旦那にしたら、毎日不安で寝れやしねえと思うわよ」

 

エリオットにも姉がいると聞いていた。

女性に紳士的なところはそういうところから来ているのだろうとは思っていたが、大切な女性を家で待たせる辛さも同時に知っているのだろう。

 

「ええ…」

「やっぱり、仕事だって言ってもさ。そう簡単に割り切れるもんじゃない。俺達の仕事はいつだって命がけだし、チープな言い方になってるかもしれねえけど明日生きてる保証はないんだからな」

 

そういうエリオットの横顔を、ウィルは見つめた。

人一倍T-SATへ愛情を持っているエリオットの口からそんな言葉が出てくるとは思っていなかった。

もちろん今まで何度も死線をくぐってきたし、命の危険に怯えたこともあった。

それでも戦場に立ち続けるのは、使命感や自分の仕事への誇りのおかげだ。

エリオットも同じだと、ずっと思っていた。唐突に自分だけがそんな風に思っているのがおかしいような気がして、不安を押しのけようとウィルは他の話題を探った。

 

「ヴィンスさんの奥様とは顔見知りなんですよね?」

 

エリオットとヴィンスの付き合いはかなり深いというのは普段二人に接していてわかっていることだった。

深く聞いてはいないが、共通項が多いために互いに分かり合えるのだという。

兄貴肌でムードメーカー気質なエリオットと、底なしに優しく思慮分別のあるヴィンス。

一見相反する存在に見えても、互いにとって自分にはないところを持っている互いの存在が重要なのだろう。

 

「ああ、ヴィンスの家に行ったときに何度かな。気立てが良くてホント出来た女性だと思うよ。相手がヴィンスじゃなきゃ、寝取ろうと画策するかもしれないね」

 

そういってエリオットは豪快に笑った。

 

「ちょっと、エリオットさん、こんなところで!」

 

ウィルは慌てて辺りを見回す。結婚式でなんてことを言うんだ。

だが、周りの視線はすべてあの幸せそうな夫妻に注がれており、そんなことは気にも留めていない様子である。

 

「もう、さっきわんわん泣いてたくせに」

「あれはほら、仕方ねえだろ。あいつとは付き合いも長いし、こんな風にさ、普通に幸せになってくれてホント良かったと思ってんだ。俺がカノジョでもすげえ悩んだ挙句断るだろうし、俺が親でもそうだよ、娘がそんなヤツと結婚するなんて知ったら、娘の幸せを案じてやめておけって言うね」

「そりゃそうでしょうね、やっぱり特殊ですからねこの仕事」

「お前は?結婚の予定とかねえの?」

 

そういってエリオットはまた少し目を潤ませる。その様子を見ると、さっきのは照れ隠しだったようだ。

エリオットはある事情によりT-SATへの在籍年数が長く、それゆえそれぞれのメンバーとの思い出もかなり濃い。

まださっき泣いてから時間も経っていないから、涙をこらえるのが難しいのだろう。

 

「ないってわかってるでしょう。…まずオレは結婚自体するかどうかわからないですし」

「お前なら幸せになれると思うよホント」

 

ウィルはどうしていいのか戸惑う。

たぶん自分はこの先結婚しないだろう、それは自分がこの仕事を好きでやっているからだ。

この仕事のためなら老後一人で暮らしたっていいとさえ思える。

それくらいの覚悟を持って日々訓練に励んできたつもりだった。

こういうと偽善のように思われるかもしれないけれど、いつもウィルは世界の平和に寄与することができる、それが自分の誇りであり幸せだと実感していた。

なのにエリオットは、きっとウィルの幸せも一般と同じように好きな人と結ばれて幸せな家庭を築くことだと思っている。

そしてこの様子だと、自身の幸せもそうなのだろう。

 

「エリオットさん…あの、こんなときなんて言えばいいか…」

「いや、いいんだよ。悪いな、カッコ悪いとこ見せちまって」

「いえ…」

「…お前の結婚式こやってちゃんと出てやりてえな」

 

エリオットが涙声で言う。

正直結婚もまだ夢のようで、いまはそんなことを言われてもピンとこない。

ここでは「必ず出てください」と言うのが普通なのだろうとわかっていても、その言葉が嘘だとばれないように言える気がしなかったからウィルは押し黙ってしまった。

 

「悪い、まだお前には早いんだったな。まだ22だもんな」

 

そういってエリオットはウィルの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

リゲルチームのメンバーやレイフは他のテーブルに散ってそれぞれ歓談を楽しんでいるようだ。

 

「この気持ちはきっと、愛する人ができたらわかるよ」

 

エリオットがそう言い終えるのとほとんど同じタイミングで、レイフがこちらのテーブルへやってきて二人の名前を呼んだ。

 

「楽しんでるか?」

「レイフ隊長も、ずいぶんと楽しそうですね」

 

ウィルは涙を隠そうとするエリオットの代わりに答えた。

 

「ああ、楽しいというか、嬉しいかな。幸せだと思うよ、こんなふうに仲間の結婚式に出られるなんてさ」

 

レイフはそういって笑った。

そしてエリオットの様子に気がつくとすぐにその自分より少しだけ背の高いエリオットの肩を抱いた。

 

「また泣いてるのか?オズウェルさんにも言われただろ?」

 

さっきウィルがエリオットにされたように、レイフがエリオットの頭を乱暴に撫でる。

エリオットはそうされて照れくさそうな表情で、それでも態度だけは嫌がるような素振りにしてレイフをあしらった。

 

「全く、本当によく泣く」

「あんたはそんなこと言える立場じゃないでしょう。さっき影で泣いてたの、俺見てましたよ」

 

エリオットが泣いた姿はこれで初めてだったから、ウィルは内心驚いた。

 

とてもまだ、レイフとエリオットのような間柄には自分はなっていないとウィルは思う。

エリオットには可愛がってもらっていると思うし、レイフとの関係も悪くないはずだ。

以前二人で食事をした時も、自分のすべてを話した。

だがあのとき、どうしてウィルはあんな表情をしたのだろう。

それがずっとひっかかっていた。

 

「見られてたか。俺もこうしてヴィンスや、アボットが結婚するのを見られたときは本当に良かったと心から思うんだよ。こんな仕事だからさ、一度戦場に出て帰って来られなかった仲間も何人もいる。だからさ…このタイミングでこんなことを言うのも筋違いかもしれないが、レグルスからサムが結婚した時はなんていうか、肩の荷が下りたというかな」

「あんたが空軍から引っ張ってきたんですもんね」

「ああ、レグルスはなぜか未婚率が高くてね」

 

そういって二人が笑い合う。たしかにそうだ、レグルスはみな結婚していない。

別に理由もないただの偶然だろうが、それをレイフは気にしているようだ。

 

「あーそっか、えっと、…デールさんってこっち来た時からすでに既婚者でしたもんね。そんで?あとサムさんだけか。他には誰も結婚してねえな」

「そうなんだよ。なんか責任感じるな。みんなそんなつもりはないんだけど、俺が無理言って引き入れた奴らばかりだからさ」

「あんたは思いの外頑固ですからね」

「いやいや。だからなウィル」

 

突然レイフに呼びかけられ、ウィルは慌てて思考を中断し返事をした。

 

「ハイ」

「お前も、気にせず結婚していいからな。というか、…ぜひ見せてくれないか。遠慮することはない、お前には幸せになってもらわなきゃ困るんだ」

 

レイフはそういってウィルの頭に手を伸ばしかけてすぐにやめた。

なぜかはわからない。それでもエリオットにはすることを、自分にはしないという事実がはっきりとした。

ウィルの内心に不穏な気分が漂う。

ウィルは改めてレイフの表情を見た。照れているのかと思ったがそうでもなく、なんとも言えない顔をしている。

責任感の強いたちが彼をそうしているのだろうか。

 

「俺もさっき言いましたよそれ。でもまだこいつには早いでしょう。俺に言ってくださいよそういうの。俺だって結婚したいんだから」

「ああ、もちろんお前にも思ってるさ。幸せになってほしいよ」

 

「上が詰まってるからな~」

「俺のことか?俺はいいんだ、確かに好きな人と結ばれて誓いを立てるなんて素敵なことだけど、俺には出来そうにない」

「そう?俺はあんたがいい父親してる姿が容易に想像つきますけどね」

 

そういって楽しそうにエリオットがレイフの肩に手をかける。

レイフも楽しくなったのか手を回して腕を組んだ。

 

「あんたの腕は重たいんだよな」

 

するとエリオットは天邪鬼でその手をふざけて振り払った。

 

「レイフ隊長、人前ですしあまりそういうのは」

「ああすまない。こいつはいつまで経っても弟みたいな感じでな」

「俺にそんなつもりはありませんけどね」

 

憎まれ口を叩くエリオットの表情に、もう涙は見えない。

エリオットの機嫌が直ったのを良しとする自分もいて、それでもさっき自分が発した言葉が気になる自分もいる。

なぜ二人がああしているのを、やめさせようとしたのだろう。

 

「いいさ、お前がそのつもりはなくても俺はそのつもりだからないつでも」

「そんなクサいことよくシラフで言える」

「え?クサいか?」

 

二人のやりとりを見ていてもモヤモヤする。

きっとさっきのエリオットの発言だ。

T-SATを誇りに思っているエリオットなら、ウィルと同じように普通の幸せよりT-SATとしての使命感を重んずると思っていたのに。

理屈では納得できても、うまく気持ちが追いつかない。

そもそもこの不機嫌の原因は何だ。

二人が普通の幸せを捨てる覚悟もなくここにいるということがわかったから?

レイフのエリオットとウィルに対する接し方に違いがあることが明白となったから?

他愛のない会話で盛り上がる二人をよそに、ウィルは一人どこか浮かない顔をしていた。

 

 

 

 

 

作:yukino

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