top of page

君が大人になる前に 008

 

 

 

 

 

 

 

 

着地地点となったポイント4は思ったより静かだった。死体の焼ける匂いが鼻をつく。

レイフはともに降り立ったレグルス1に目配せをすると、そのまま銃を構えてゆっくりと歩を進めた。

 

"こちらリゲル1、ポイント4に到着します。レイフさん、もう降りてます"

「ああ。すぐに合流出来そうか」

"…目視でレグレス1の姿を確認。後方です"

 

その声に振り返るとヴィンスたちリゲル1の姿があった。

 

「まだそちらにもリゲル2からの通信はありませんか?」

「ああ、沈黙している。だがここから200m圏内にいるはずだ」

「アンタレス2には応援を要請しています。直に到着するでしょう」

「そうか…。それにしても嫌な静けさだな」

「ええ」

 

その雰囲気はヴィンスも感じていたのだろう。あたりを見回しながらヴィンスが頷く。

 

「とりあえず、最後にレグレス2からの通信があった位置まで全員で行く」

 

レイフは方角を見極め、その方を見た。道にはいくつも地面を這ったような跡が付いている。

 

「いつからリゲル2と連絡が取れなくなったんだ?」

「それが…一度ウィルから応援要請があったんです。それに応じようとして司令部に確認したのですが、…別の部隊を向かわせる、と言われ」

「別の部隊?どこが向かったんだ?」

「いえ、どこも」

「なんだって…?」

 

苦虫をつぶしたような表情でレイフがうつむく。

 

「今日の指揮官はサブチーフのエイブラハムさんでしたね」

「ああ、オズウェルさんが非番だ。クソ、どうなってる…!」

「今回俺がここにいるのも、実は俺の独断です。指揮官の指示に従っていれば、…俺はもうターゲットに到着していますから」

 

ヴィンスが苦笑いを浮かべる。

指揮官の司令に報告なく背いた場合、最悪キャプテン降格と言うこともあり得る。

それをわかっていて、ヴィンスはここにいるのだ。

 

「そうか、…重いものを背負わせてしまったな…」

「いえ、自分の部隊ですから」

「リゲルの奴らは幸せ者だ」

「だといいんですが」

 

ヴィンスは控えめに笑った。

チームはキャプテンのカラーが反映される。

レグルスは攻撃に特化した集団で部隊の花形でもある。メンバーもそれを自覚してるし、その矜持が全体を整えているという雰囲気がある。

逆にリゲルは諜報能力にたけ、情報を使った頭脳戦を得意とするメンバーが多く一枚岩である。結束力が高く、個々のメンバーもみなで自治を整えていこうとするところがあるのだ。

レイフはみなの憧れの的になるのだとしたら、ヴィンスはみんなの親代わりになるようなところがある。

一人ひとりのことをとてもよく見ていてメンバーの悩みにもよく気付くし、メンバーに相談を受けているところもよく見かける。

それだけに家族のようなリゲル2のメンバーとの音信不通に心を痛めているのだろう。

レイフはこういうとき気の利く言葉をかけられない自分をもどかしく思うことがある。

 

「この跡はなんでしょうか」

「新型のクリーチャーか?」

「type_Lにしては少し幅が広いですね」

「もしtype_Lならそれも厄介だな。だがtype_Lにしてはでかすぎないか」

「ええ。あいつらは俺も嫌です。弾をごっそり持っていかれますから」

「よし。必ず一人は見える位置に進むんだ。あまり広がるな。いいか」

 

レイフの言葉にリゲル1とレグレス1の総員が同意した。そして少しずつ、慎重にそれぞれ進行する。

確かに生活感はあるはずなのに、人の気配が全くしないのはとてもおぞましかった。

タンスも、靴も、本や雑誌も、すべて燃えて灰になろうとしている。死肉をつつく鳥たちはその炎の熱も感じないのだろうか。

 

レグルス1はレイフ、サム、トール、ボーモンド、カルヴァード、ブルーノー。

新人のブルーノーはレイフと、そしてレグルス1のチームサポート役のサムは二年目のカルヴァードと、ボーモンドは同期のトールと組んだ。

そしてヴィンス率いるリゲル1もそれぞれツーマンセルとなりそれぞれ異なる方向へ捜索の足を伸ばす。

 

「無事、…でしょうか」

「…ああ、あいつらなら大丈夫だ」

「ええ」

 

ブルーノーの声は、闇に消えた。

不安な気持ちが消えないのだろう。そうなるのもわかる、この独特の雰囲気がいつにもまして恐怖心を煽る。

 

 

 

 

 

ブルーノーとともに捜索を続けていると、ザザ、と無線が入った。

 

"ヴィンスよりレイフ隊長、使用済みの弾倉を発見、こちらの方に逃げたようです"

 

レイフはその無線をともに聞いていたサムへ目で合図し、ヴィンスの元へ駈ける。かなり進んでいたようだ。

レイフたちがたどり着くと、リゲルやレグルスの他のメンバーはそろっていた。

 

「これ…」

 

ヴィンスに手渡されたのは、確かのT-SATの部隊メンバーへ配布される口径9mm、サブマシンガンの空弾倉だ。

軽量化がなされており、主にスナイパーが携帯している。

 

「これをリゲル2で持っているのはウィルか…」

「悪い予感が当たらなければいいのですが…」

 

ヴィンスの言葉が場に暗い影を落とす。

 

「とにかく、捜索を続けよう」

「はい」

「じゃあオーブリー、一緒に行こう。ミハエルはザカリーを頼む。クィン シーとマイルズは一緒に行ってくれるか」

 

ヴィンスの指示にリゲルのメンバーは頷いた。ヴィンスは優しく、大人しい性格だがその観察眼と業務遂行能力は高く評価されている。

リゲルのメンバーも皆、ヴィンスの人柄を強く信頼しているのがうかがえる。

 

「散開だ。何かあったらすぐに無線をよこしてくれ」

「はい」

 

ウィルの落としていった弾倉が手掛かりになればいい。

きっとウィルもそう思ってのことだろう。

この先に、きっと何かが待ち受けている。レイフは気を引き締めなおした。

 

 

 

 

 

 

  

 

"ヴィンスよりレイフキャプテン…!ポイント7付近で負傷中の隊員を連れたリゲル2を発見"

「ポイント7!?いま行く!」

"必ず、…閃光弾を…!"

「閃光弾!?type_Lか!?」

 

途切れ途切れのヴィンスの声に、それを聞いていたほかの隊員たちの表情が変わっていく。

レイフは後ろに集まったほかの隊員たちを連れて走り始めた。

 

"以前のtype_Lより攻撃力も体格も向上したヤツがいる…!"

「わかった。ヴィンス、すぐに全員連れて逃げるんだ!」

"無茶です、こっちには怪我人が5人もいるんだ…!"

「5人!?」

 

向かったのはリゲル2の6人と、ヴィンス、そして新人のオーブリーだ。

3人で5人の救出。残りのメンバーにもよるが、かなり厳しい状況と言わざるを得ないだろう。

 

"すいません…、俺も、右腕をやられて…"

 

呼吸が荒くなっていくヴィンスの息遣いの向こうから口径9mmのサブマシンガンが撃たれる音がする。

 

「誰が動ける!?すぐに総員を連れて向かうから、お前たちは助かることだけを考えろ!!」

"ウィルが…あなたの役に立てそうだ…ッ"

 

苦しそうにあえぐ息が聞こえる。

レイフは奥歯を噛み締めた。これ以上犠牲を出すわけにはいかない。だがこのままではヴィンスたちが助からないかもしれない。

後ろで指示を待つサムたちに視線を一度よこして、すぐに無線を切り替えた。

 

「ウィル、聞こえるか?目視でクリーチャーは何体いる?」

"レイフ隊長…!1,2,3,4,…5匹でしょうか"

「お前なら、無傷で何分持たせられる?」

"…すいません、5分は確実に持ちません"

 

ウィルの声に焦りが滲む。

クリーチャーの出す奇怪な鳴き声が響いた。反響の具合から察するに、場所自体は狭いところではない。ならまだ、勝機はある。

 

「十分さ。3分だけ持ちこたえてくれれば…!」

 

レイフはその走りを止めた。

小高い丘になっていたようで、その先は一段下ることになる。眼下20mほど下に、クリーチャーと対峙するウィルの姿が見えた。

 

 

 

 

 

 

「ヴィンスさん!下がっていて下さいってあれほど…!」

「そんなわけには、…いかないだろ…」

 

ヴィンスの健気な笑顔とは裏腹に、その右上腕部からは大量の血が流れ出ている。出血量からして一秒たりとも無駄には出来ない。

ウィルは銃を握り直した。

9mmのサブマシンガンの弾をすべて使い切ってしまうと、片手では扱えないからとヴィンスのアサルトライフルを預かった。

代わりに護身用のハンドガンを渡したが、それではあのクリーチャーの目をつぶすだけで精一杯だろう。

 

(…こういうときどうしたらいい…!)

 

歯を強く噛み、銃を構える。もう何十発とその身体に撃ち込んでいるはずなのに、まだ動くその四肢にウィルは恐れをなした。

type_Lの姿を見たとき、急いで司令部に応援要請をした。だが司令部はリゲル2だけで行けと言ったのだ。

ウィルは新種のtype_Lに内心肝を冷やしたが、その命令を遂行した。それが間違いだったのだ。

せめてヴィンスに連絡を取ってからにすればよかった。オズウェルのいない司令部を信じすぎた。

 

「ヴィンスさん!?」

 

どさりと地面に物が落ちる音がしてとっさに振り返った。睨み合うクリーチャーの存在を忘れていた。

 

「…ッ!」

 

気付いた時にはもう、背中をクリーチャーの鋭い爪に削られていた。

鋭い爪が肌に血の線を書いたが軍服の厚い装備のおかげでそれほど深くはないだろう。まだ動けそうだ。倒れたヴィンスにウィルは駆け寄った。

 

「ヴィンスさん!しっかりしてください、絶対に、…助けるから…!!」

 

浅いがまだ呼吸はある。ウィルは素早くヴィンスの左肩を下からくぐり、その体を持ち上げた。

 

「ウィル!目を閉じろ!」

 

その瞬間、後ろからレイフの声が届いた。

振り返ると同時に強い閃光の光が少しだけ入る。大きな手に目をふさがれ、目を閉じた次の瞬間には逞しい腕にヴィンスと一緒に抱えられるようにして引っ張られた。

 

「時間稼ぎに閃光を投げる。その間にヴィンスを連れてレグレス1の方へ走れるか!?」

「ヴィンスさん次第です」

 

ウィルは小屋の壁に寄りかかってぐったりとしているヴィンスを見た。レイフは手に持っている閃光弾の栓を抜く。

右上腕部からの出血を抑えるために、ウィルはバックルを緩め自分のベルトをズボンから抜き、手早く止血した。

 

「残りはどこにいる?」

「あっちの小屋です。オーブリーが介抱してる」

「わかった」

 

そういうとレイフはレグルス1に無線で指示をした。レグルス1のメンバーはあの小屋に来てくれるのだろう。

 

「さあ、早く行け」

 

そうレイフが言って、type_Lの方へ駈けだした。

ウィルも慌ててヴィンスの負傷していない方の肩を抱えると駈け出す。

悔しいが、いまの自分の装備では撃破することはおろか、足止めすることもできまい。

ウィルは振り返らないようにしてこれまでより強くヴィンスを引っ張った。

そしてほかの負傷メンバーを避難させた小屋まで急ぐ。

 

「…ウィル、…悪いな…」

「ヴィンスさん!?大丈夫です、…絶対に助けます」

「…ありがとう…」

 

背中の傷が大きく引き裂かれているのには、痛みで気付いていた。

けれど、歩みを止めるわけにはいかない。

小屋につくと、オーブリーが泣きそうな表情で出迎えてくれた。

 

「大丈夫ですか」

「ああ、オレはレイフ隊長の元に戻る。もうすぐでここにレグルス1が来から、そしたら一緒に逃げるんだ、いいな」

「で、でも、ウィルさんは!?」

「大丈夫だ。その代り、持っている閃光弾を二つ分けてくれないか」

「それなら、俺のを使え」

 

奥から声をかけてきたのは足を負傷して休んでいたマイルズだった。

そうしてウィルに二つ閃光弾を手渡す。

 

「ありがとうございます」

「オーブリー、ウィルの背中見てやれ」

「そんなに深い傷ではありません」

「放っておくと感染するぞ。見せてみろ」

「…はい」

 

一刻の猶予もないのに、感染のおそれに脅かされる自分が憎い。

オーブリーが手際よく滅菌手当を行う。幸いリゲル2は医療行為になれているし、それなりの装備も蓄えている。

レイフのいる方角からは先ほどから、閃光のまばゆい光と手榴弾の炸裂する音と振動が絶えず伝わってくる。

はだけたウィルの背中に、オーブリーが滅ウイルス剤を塗っていく。

 

「これで、とりあえず感染は防げるかと」

「リゲル2!大丈夫か!?」

 

オーブリーが身を引くと同時にレグルス1のメンバーが小屋の戸を開けた。

 

「すいません、サムさん。あと、宜しくお願いします」

「おいウィル、どうする気だ」

「レイフ隊長のところへ行ってきます。稼げるだけ時間を稼ぎますので、すぐに撤退を!」

「おいウィル待て!なら、これを持っていけ」

「ありがとうございます」

 

サムは自分の持っていたアサルトライフルをウィルに手渡した。

リゲル2では扱うことのなかった強力な武器だ。リゲルチームはいつも索敵や救護の係りを命じられることが多く、重い武器よりも多くの投擲武器や救命道具を持っているのだ。

それもあってtype_Lに歯が立たなかったというのもある。

 

「リゲル2のこと、頼みました!」

 

ウィルは小屋を出て駈け出した。

一人であの複数のtype_Lと対峙しているレイフの実力は底知れない。

こんな自分が行ったところで助けになれるかわからない。だがレイフも敵を殲滅する気はないだろう。

 

「レイフ隊長!」

「ウィル!?なぜ戻ってきた!」

 

ちらりとこちらを一瞥してまた、レイフは眼前のtype_Lを鋭くにらんだ。

 

「仲間の時間稼ぎをあなただけに任せておくわけにはいきません」

「…装備は十分か」

「はい、サムさんから預かってきました」

「できれば一体、その肉片だけでも検体としてほしい。やれるか」

「ええ」

 

二人は距離を取って、type_Lと対峙した。

 

 

 

 

作:yukino

 

bottom of page