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アイデンティティを刻む 003

 

 

 

 

発表の後、最初は妬みから陰口を言う者もあったが、毎日のようにレイフがウィルの部屋にやってきて、自主練に誘ったり色んな話をしに来たりするので、それも自然と減っていった。

 

「ウィル、今日もこのあと個人訓練?」

「ああ」

「きっとこの合同訓練が終わったら今よりずっと強くなるんだろうなあ」

「そう願いたいけどね」

 

ロッカールームで着替えながらヒューズと会話を交わす。汗で重くなったTシャツを豪快に脱いだ。

 

「Tシャツが何枚あっても足りないな」

「もういっそ変える必要ないんじゃない?」

「いや、ベックフォード隊長の拳をこんな重身で避けられる気がしない」

「油断していい相手じゃないもんね」

 

ヒューズがからりと笑う。人の良さそうなその笑顔に、ウィルも思わずつられて笑った。

ヒューズはウィルが周りから妬みを買ってもなにも変わらずそばにいてくれた。ウィルのことを悪く言う者がいても、「僕は純粋に凄いなと思う」などと交わし、ぶれることなくウィルのそばにいてくれた。ウィルにとって、ヒューズとの縁は理不尽な妬みや嫉みの多いここで生きていくための糧となるほどだった。

 

「ああ。でもそのおかげで最近よけ方を学べてる。敵わないと思った相手には素直に引くことが大事だって教えてくれたんだ」

「確かに、最近の立ち回りみてるとそんなところあるかも。足腰鍛えてるよね」

「ああ。元々スナイパーだし上半身より下半身のが鍛わってたから、それをみて隊長が避けられたら次は下から攻撃してみろって。水平の攻撃だと上半身の筋肉量が響くけど、下からなら下半身の筋肉を使って攻撃出来るからね」

 

ヒューズはなるほど、と頷いた。スナイパーはしゃがんだり地面に這いながら狙撃をすることが多く、装備の殆どを下半身に纏めている。地面に胸をつけることが多く、上半身にはつけられないのだ。そのせいで下半身が重くなる。それに相応した筋肉もつくから、それを利用して攻撃するのが得策だとレイフは考えたのだろう。

着替えが終わってもまだ話し足りないらしくヒューズはベンチに腰掛けた。

 

「そっか。頑張ってね。じゃ、僕は先に寮戻ってるから」

 

ヒューズはうんと背伸びをしてベンチから立ち上がった。

 

「ああ、ありがとう」

 

ウィルの肩をぽんぽん、と叩き、それから手を振ってロッカールームを出て行ってしまった。

 

 

 

 

 

「お前は狙撃が強いからな。今回の全日訓練では近接格闘が不得手なのはハンデにはならないだろう」

 

格闘練習の合間にとった休憩で、レイフは汗を拭きながらウィルに言った。

 

「今回はそうかもしれませんが、実戦ではそうもいきません。いまは下半身だけでも戦える方法を教えていただきましたが、ゆくゆくはもっと幅を広げないと。体格が良くないと、敵にも見下されてしまいますし」

 

ウィルはそういって自分の姿を壁の鏡に映した。奥に見えるレイフと比較すると、とても弱く見える。

 

「そうだな。クリーチャー相手でも格闘は必要になる」

「クリーチャー…今大陸でさかんに使われている生物兵器ですね」

 

ウィルはスポーツドリンクを飲み干した。身体のエンジンかかりっぱなしになっている。とめどなく汗は流れ、床にも滴り落ちている。

 

「ああ、我々T-SATの相手だ。もちろん噛みつかれたら感染するから近接格闘は避けたいところだが、集団で居ることが多いから格闘になることも多いんだ」

「…怖くないんですか?噛まれたら感染するなんて、かなりハイリスクなんじゃ…」

 

ウィルは恐れず本当のことを聞きたいと思った。きっと感染した仲間も少なくはないだろう。それに恐怖を感じないなんてことが、あるのだろうか?

 

「ああ、怖いときもあるさ。でも俺たちが戦うのをやめたときの世界を考えると、もっと怖いんだよ。愛する人や家族同然に接してきた仲間がやられるのは、俺が感染するよりも怖い」

 

ウィルははっとした。今まで何日も一緒に訓練や練習をこなしてきたから、出会った日に手足が震えたあの感覚が薄れてしまっていた。けれど、いま目の前にいる人は確かに、幼い頃から自分が憧れていたレイフ・ベックフォードなのだ。

 

「…ベックフォード隊長、もっとオレの格闘術の練習相手になってください」

「ああ。嫌と言うくらい付き合ってやるさ」

 

ウィルはタオルを傍らの椅子に投げ、グローブをはめる。レイフも立ち上がって、肩を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

そしてその日が来た。

 

全日訓練のために専用のバスで移動し、訓練地についたのが18:00。

それからすぐに朝礼台の前に全体が整列した。まだ空は薄明るいが、森から虫の鳴く声がする。

 

「第168回、夜間射撃訓練を開始する」

 

朝礼台に立った総責任教官がマイクを使わず胸を反らせながら言い放つ。

ウィルはレイフの隣でかすかに緊張していた。まだ全身の筋肉痛は取れないし、レイフにやられたときの背中の痛みや関節の痛みも残っていたがそんなことは殆ど思考に上らなかった。レイフは肩を回して準備万端といった様子だ。

 

「ここで、今回特別に参加してもらうことになったT-SATのレイフ・ベックフォード隊長から一言頂きたい。ベックフォード隊長、壇上にいらっしゃってください」

 

何も聞かされていないウィルは驚いてレイフを見たが、レイフは堂々とした態度で前に向かって行った。

 

「陸軍特殊部隊訓練生のみんな、合同訓練以来だな、レイフ・ベックフォードだ。俺がここに来たのは、みんなを鼓舞するためでも、一人一人に檄を飛ばすためでもない。

今回の訓練は厳しいものだと聞いている。我々T-SATとフィールドは違えど、仲間と共に戦うという点では変わりはない。いいか、隣にいるバディは君たちの唯一無二のパートナーだ。互いに生還させる義務を負う。どんな戦場でも、君たちが生きて帰り、希望の襷を次へ受け渡すことが使命だ。俺はいつもそう考えている。

俺が訓練をともにすることで、みんなの士気が高まり、より良いパフォーマンスが出来るようになればいいと思う。健闘を祈る。以上」

 

一人一人に語りかけるような口調で流暢に話し終えると一礼して、朝礼台から身軽に飛び降りた。

その風格は、見る者の心をとらえる。

そしてウィルの隣まで落ち着いた様子で戻ってきた。

 

「すごかったです、ベックフォード隊長!」

「すごいものか。いつも戦場の若い奴らに言ってることそのままだ」

 

レイフは笑って肩を竦めてみせた。

 

「これより三十分間は、発砲禁止とし各チーム拠点への移動とする。三十分後、各自に無線で射撃開始の連絡を送る。それより先に発砲した者は即時リタイア扱いとするから気をつけなさい。では、始め!」

 

 

 

 

「よし、この辺りを拠点としよう」

 

レイフは近くの岩に腰を下ろすと端末で時間を確認した。

 

「あと4分ですね」

 

ウィルも隣に腰掛けライフルに弾を補填し始めた。

 

「ウィル、俺は甘やかさない、特に見込みのある奴は。だから、ついて来い。いいな?」

 

レイフの厳しく強い眼差し。ウィルはそれを受け止め、強い決意で見つめ返した。

 

「はい。お願いします」

 

”各位へ告ぐ。これより発砲を許可する。繰り返す、これより発砲を許可する”

 

「ウィル」

 

名前を呼ばれ振り向くと拳をこちらに向けたレイフの姿。

 

「やるからにはNo,1だ」

「ハイ」

 

拳をぶつけ、共闘を誓う。

これから、長い夜が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作:yukino

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