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フレイム 009 -Piers side-

2003.1.29

 

 

 

 

 

クレイグの細い指がダートをつまむ。そして鋭い眼差しで的を射た。

 

「ナイス」

「サンキュ」

「相変わらず何やらせても器用だねえ」

 

クレイグの友人の一人であるサイモンは、医学部で、いつもクレイグと授業を受けているらしい。クレイグが放ったダートの刺さる位置を見て、ヒュウと口笛を吹いた。

身なりもよく、質のいい育ちをしてきたのがよくわかる。そのくせユーモアも持ち合わせた男だ。

 

「ピアーズ?酒まだ飲むか?」

 

サイモンが振り返って窓際で建築学の本をめくるピアーズに問うた。

ピアーズは本を置いて、窓の外を眺めた。曇ったガラスの向こうに、イルミネーションに飾られた街を見下ろせる。

 

「いや、いい。しばらくコレで満足だ」

 

ピアーズは傍らのグラスを持ち上げた。最近は少しずつ酒をたしなめるようになってきた。あの教授との一件があった後、思い出した入学パーティのことを回顧してみていつまでもクレイグの優しさに頼ってはいけないと気が付いたのだ。そこにクレイグとグラスを傾けたいというちょっとした欲望のせいもあるということには気付かない振りをしている。

 

実際クレイグもサイモンも、こうしてダーツをしながら結構な量のお酒を飲む。クレイグは一向にテンションも表情も変わらないけれど、少し楽しそうになるのがいい。サイモンは一定量を超えると泣き出したり、彼女への愛を叫ぶようになるけれどそれがまた見ていて面白い。

 

クレイグと過ごすうちに、いまではピアーズも隔てなく話せる友達になった。クレイグとサイモンの共通の趣味であるダーツに、今宵も付き合わされている。

 

「ピアーズくんは本当に勉強熱心だねえ。感心だ」

 

サイモンがピアーズの隣のソファにどかりと腰を下ろす。ピアーズはその余裕のある仕草を見て皮肉を思いついた。

 

「そこの二人とは頭の作りが違うんでね。人の倍勉強しないと」

「そんなことしてると頭腐っちまう。いつものアレやろうぜ、な?ピアーズも」

 

お酒が入って楽しくなったのか、クレイグが盛んにゲームに誘ってくる。アレとはラウンド・ザ・クロックというダーツのゲーム形式のことで、クレイグの最近のお気に入りコンテンツだ。

1から順にダーツを入れていき、どのプレイヤーよりもはやく20までカウントが進んだものを勝者とする。このゲーム中にプレイヤーを動揺させる発言で狙いをずらすのが三人流の楽しみ方である。

 

「やだね。あれやるといっきに神経持っていかれるもん」

「精神力を鍛えてこそだろクリエイターは。ほら」

 

いたずらっ子のように笑うクレイグに、少し気が進んだのはピアーズの心の中でだけの内緒だ。ほの暗い明かりに照らされて笑うクレイグの表情は魅惑的で、漂う色気に気圧されそうになる。ピアーズは童顔である自分を惨めに思った。

 

「んなの聞いたことねーよ」

「よっしゃ、さあ立って立って!んじゃあピアーズからな」

 

そういってサイモンにぽんと背中を叩かれる。

ダーツのうまい二人の前でやるのは腰が引けるというのが本音だが、二人ともクロックの最中以外は真剣にダーツを教えてくれるからそんな思いも薄れてきた頃だ。

ピアーズはダーツボードの前に立った。ダートを手に持つと、少しぴりっとした気持ちになる。

 

「ピアーズくん恋人は?」

「いません」

 

さっそくサイモンが茶化しにかかる。

 

「どんな子がタイプ?」

「うーん、優しい子」

「好きなバストのサイズは??」

「C」

 

ピアーズは適当にあしらいながらダートを投げた。クレイグとサイモンが投げられたダートを目で追ったのがわかった。

 

「おお」

「精神力やっぱ鍛えられたんじゃねえか?」

 

ダートはそのまま、1のところへ刺さった。

クレイグがダーツボードからダートを抜いてくれる。

 

「Cカップか。うーん、ちなみに俺はEは欲しいね」

 

サイモンが言う。正直胸のサイズなんてどうでもいい。

 

「んなの嘘に決まってんだろ」

「どうかな?迷いなかったぜ」

 

クレイグまでそういって、ピアーズにダートを手渡すのだ。ピアーズは少しむくれたい気持ちになった。

 

「じゃあお前はどうなんだよ?」

「んー?さぁね。当ててみ?」

 

ソファに腰掛けたピアーズと入れ替わりに、楽しそうな笑みを浮かべたクレイグがダーツボードの前に立つ。今日は随分と機嫌がいいようだ。

 

「クレイグ!いま好きな子はいんのー?」

「いる!」

 

ダートを構える横顔は楽しそうでもあり、自信ありげでもある。

ピアーズはクレイグの回答に胸が締まる思いがした。けれどここから、サイモンが手を緩めるはずがない。

 

「おっ!どんな子ー?」

「素直じゃない子」

「おおー!その子のバストサイズはー?」

「さあ、でもデカくはないね」

 

そういって投げたダートは、見事に1のところに刺さった。その瞬間よし、と小さく喜んだクレイグの横顔に、胸が高鳴る。

 

「マジ?お前ならもっと上狙えるだろ、さすがにそれは妥協だぜ」

 

クレイグと交代するために立ち上がったサイモンが、クレイグの肩を叩く。

 

「胸のサイズでその人の価値が決まるとは思えないんでね。相手は俺にとって高嶺の花だ」

「そんな女が本当にいるならお目にかかりたいねえ」

 

サイモンのその言葉をスルーして、クレイグはピアーズの隣に座った。

 

「進んだ?」

「おかげさまで全然」

「だよな。明日やれよ」

「そうするよ」

 

今日は金曜日。このままクレイグの家に泊まって明日一緒に勉強する予定だ。

 

「おーい!煽りがないぞー」

「はいはい。サイモンくんは彼女と週何回やってんのー?」

 

こちらを振り向いて要求するサイモンに、クレイグがわざと面倒くさそうに投げかける。

 

「あえてその質問?いきなりハードル高いぜ」

「じゃあ彼女のバストサイズはー?」

「教えるわけねえだろ!」

 

サイモンの投げたダートは惜しくも5のところに刺さった。

 

「くっそ!変なこと聞くなよ」

「お前だって好きな奴のバストサイズ聞いてきただろ」

 

仲はよくとも、こんな機会でないと恋愛の類の話はしない。

面と向かって真面目に恋愛の話をするのは互いに照れくさかったり、気恥ずかしかったりするのだ。そもそも、わざわざ議題に恋愛のことを上げるほど、話題に事欠くこともない。

 

「お互い様ね」

「そ」

 

クレイグは頷くとそのまま席を立った。トイレにでも行ったのだろう。

 

「お前クレイグの好きな女見たことある?」

「いや」

「だよな。そんな女いたらとっくに手を出してる」

 

ピアーズはシェリルを思い浮かべた。彼女はどちらかというとグラマラスな体型だったはず。まだ自分の知らないクレイグがいるのかと思うと、うんざりとした気持ちになるのだった。

 

 

 

 

 

 

作:yukino

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