君が大人になる前に 007
"リゲル1、こちらいま着地。ターゲットへ向かいます"
ザザ、という無線のノイズが耳に障る。
ヴィンスの声は無線の音になじみやすいらしく、少し聞きづらい。
"リゲル2、こちらも着地しました。これから侵攻を開始します。"
立て続けにリゲル2のウィルからの無線も入った。
それを聞き、レイフはパイロットであるバイロンに目配せをする。空軍からの付き合いは伊達じゃない。バイロンは何も言わず頷き、着地地点を探すためレーダーに触れた。
"それにしても、ここのところ多いですね"
「ああ」
"地図に落としてみても場所も定まらないし、規模は小さい。愚弄されてる気分になります。何かの陽動と考えるのが妥当でしょうか"
無線から、ウィルの困惑や憤りの入り混じった声がため息とともに聞こえてくる。
ウィルがリゲルに移ってから半年と少し経った。いまはリゲルのキャプテン補佐としてリゲル2を率いながら、隊の動かし方を勉強しているのだ。
いつもウィルを遠くから見ていて、入隊した頃よりも笑顔が増えているのがわかる。冗談で場を盛り上げるようなタイプではないが、その豊かな感性とユーモア、高い協調性で今やすっかりリゲルにも馴染んでいるようだ。
もちろんヴィンスのおかげというのもあるだろうが、ウィルが人格者で良かったと思う。そうでなければリゲル2を率いらせるのに対して他の隊員から不満が出かねない。誰もがウィルの努力と人柄を信頼しているからこそ安心してチームを任せられるのだ。
しばらくレイフとの距離を取り、エリオットやヴィンスと親交を深めていたようだが、日々の成長ぶりを見ているとそれだけでレイフは満足だった。自分の引き抜いてきたのが正解だとわかったこと、そして単純に世界の安全に寄与してくれるメンバーが増えたことが嬉しかった。
「そうだな、そうかもしれん。とにかく今は目の前のことに集中しよう、それを考えるのは帰ってからだ」
"かしこまりました"
無線が切れ、レイフは現在地を示すレーダーに視線をやる。
「レグルス2はどこで降ろす」
「そうですね、この先に空きテナントばかりのビルがあるから、そこはどうでしょうか」
「わかった」
バイロンは静かにうなずいた。
「それにしても、アレは逞しくなったな」
「ええ。そのうち俺の席を譲るつもりです」
「アレが許すか」
「すぐには無理でしょうが、わかってくれるはずです」
「それなら俺が許しちゃいかんな。お前には俺より長く務めてもらわんと」
バイロンの声は重厚で耳の奥まで染み渡る。
かつては空軍で隊長と隊員の関係に合った二人。バイロンの操縦技術は当時の空軍の誰をも凌いでいて、右に出る者はいなかった。
そして戦闘能力の秀でたレイフはバイロンに説得され、戦闘に特化した特殊部隊へ移る。そこで現在のT-SATからのオファーを受けたのだった。
「いいえ、俺はあなたに長く生きていただきたい」
「俺みたいな老いぼれは早く死んだ方が世間様のためだ」
「そういうことを軽々しく言わないでください」
「ハハハ。俺は死なんさ。誰かのように無茶はせんからな」
「俺だってあいつらを一人前にするまでは死ねませんよ」
当時T-SATはまだ軍隊としての機能は弱く、レイフが移籍してすぐにパイロットだけを集めた特殊チームを創設するという話が持ち上がった。
まだ本国―このトロイアにしかない―生物兵器対策組織にとっては守る世界が広すぎたのだ。
隊員に操縦桿を握らせては戦闘時使い物にならないということも多々あった。
そこでレイフはバイロンに頭を下げ、このT-SATへの移籍をお願いしたのだ。
「それも遠い未来じゃなさそうだがな。まあ、身体が持つだけ続けろ」
「あなたにそう言われちゃ断れません」
「俺より先に死ぬな、これも命令だ」
「わかってますよ、あなたもね」
部隊チーム全体の総隊長であるレイフが率いるレグルスは、部隊の中枢となる戦闘用チームで、その補佐がエリオットの属するアンタレス、隊長はアボット。
そして索敵・救護の役割を担うのがヴィンス率いるリゲル、そしてその補佐兼衛生部隊であり多くの新人が最初に配属されるのがミラ。
それぞれレグルスとリゲルは12名、アンタレスが10名、ミラは8名の隊員で構成されており、それぞれが2チームに別れて行動することが多い。
「レイフ隊長、準備が出来ました」
レグルス2を率いるキャプテン補佐のデールが、背後からレイフに声をかけた。
「わかった。じゃあバイロンさん、お願いします」
バイロンは再び着陸ポイントを見定めるためレーダーに視線をやった。その間にレイフもコックピットを出て隊員の元へ向かう。
みなレイフの顔を見て、引き締まった表情になった。
「レグルス2、油断するな。お前たちの実力は信じているが、戦場では実力ではないところも試される。…だから迷ったら逃げていい。勿論俺たちの任務はテロの鎮圧だが、それをお前達が死ぬ理由にしてはならない。絶対にだ」
みな深く頷き、レイフの瞳を見た。
「じゃあ、合流地点で落ち合おう。デール、頼んだぞ」
「ハイ」
レイフはデールの肩をポンとたたく。それに応えるようにしてデールが頷いたところで、ちょうど輸送機が停止した。
「ポイント3でリゲル1、リゲル2と合流だ。距離としては長くないが、一時も油断はするな」
「はい」
ロープを降りていく隊員たちを、レイフは見送った。
―――その頃、ポイント5を侵攻中のリゲル2
「思ったよりヤツらいないな」
「ええ。もう全て移動してしまったんでしょうか?」
部隊の先輩にあたるクィンシーがウィルに問いかけて首をかしげた。しかし銃を構えて慎重に進む姿勢は変えない。
バッセルもウィルとクィンシーに並んで眼光鋭く前を見据えている。
念には念をと前後で3人ずつに並び進行することにしたが、その必要もなさそうなくらい静かである。
「とりあえず、侵攻しましょう。ここらのクリーチャーたちを一掃しながら進むのが任務です」
「ああ」
「ターゲットまでは?」
「約1700mです。名前はヨゲルステーションビル、ターゲットが発生源となり半径2キロ圏内にクリーチャーが広がったと聞いていましたが…」
まだそこらに生活感が残っている。
音はほとんどない、ところどころで発生している火災の炎が柱やカーテンを燃やす音がするだけだ。
「発生時刻は?」
「今からおよそ7時間前」
「やけに足の速いクリーチャーたちじゃねえか」
「ええ。妙ですね…。発生したタイミングでは発生源から一挙して押し寄せてきたと連絡が入っていたのですが…」
「一挙して?そりゃ妙じゃねえか?」
「ええ。…確かに奴らには集団意識がないので分散したり歩みが遅くなるのが通常です」
妙な空気感に支配され、前三人の歩みが止まる。
ウィルの胸が妙に騒ぐ。この妙な静けさが教えるのはなんだ?
「とりあえず進みましょう。ポイント3でリゲル1,レグルス2と落ちあい、そのままターゲットまで移動します」
「ああ」
バッセルは言葉で、クィンシーは目で頷く。
六人は歩調を合わせ先に見える巨大なビルに向けて侵攻した。
"こちらヴィンス、レイフ隊長、そろそろリゲル2との合流地点に近いのですが、交信が途絶えている状態です…すいません、こちらで把握できない範囲で…"
「交信が途絶えている?現在地を教えてくれ」
機内に入ってきたリゲルチーム隊長からの通信に、レイフは耳を疑う。
"現在はポイント6付近にあるローズネクストビルの前です"
「そこから合流ポイントまでは約300mか…。バイロンさん、リゲル2の足取りをたどれますか?」
バイロンはレーダーの画面を操作し、リゲル2の進行履歴を参照する。
「現在地点はポイント4の手前だ。しかしここ15分ほど、動きは見られない」
"戦闘中でしょうか"
「いや、わからん。ただこのあたりの敵は作戦で行くとすでにアンタレス2から殲滅したと聞いていたが…」
"一旦合流ポイントを無視して進んでみます。合流出来次第、ターゲットへ向かうので問題ないでしょうか"
「ああ、俺も向かおう。そのまま侵攻を続けてくれ」
"はい、確かに"
通信が途絶えるのと同時にレイフは助手席を立った。
「ポイント4に降ろしてやる。あと5分もしないうちにつくぞ」
「ありがとうございます。あいつらに声をかけてきます」
バイロンはコックピットを出ていくレイフの背中をガラスの反射で見送った。
作:yukino