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フレイム 002 -Piers side-

2003.2.3 

 

 

 

「おー!会いたかったぜー!」

「おつかれさん」

「Hey!ピアーズ!久しぶりだな!」

 

待ち合わせの体育館にやってきたのはピアーズとクレイグのクラスメイトであるエルバート、コンラッド、ユージンだ。

エルバートはいつも明るくムードメーカー。コンラッドは達観していて、いつもクレイグと一緒に傍観に回っていた。そしてユージンもピアーズやエルバートとはしゃいでいた賑やかな若者だ。

 

「全員お集まりか?」

 

ボールの入ったカートを押しながら倉庫から出てきたクレイグが声を掛けるとみんなが一斉に振り返った。

 

「クレイグ!いきなり呼び出しやがってこのヤロ!」

「でもお前とエルは暇だったろ?」

 

クレイグは飛びついてきたユージンを抱きとめてからさらりと受け流す。エルバートはピアーズの背中に飛び乗ってクレイグに野次を飛ばした。

 

「暇だったよクソ!彼女の一人も出来やしねえ」

「コンラッドは?彼女との予定潰して悪かったな」

 

コンラッドは首を振っていつもの柔らかな顔で笑う。コンラッドはクレイグよりも幾分か低い182cmだがその柔和な顔立ちからそんなに身長があるようには見えない。

声もなめらかな低音で、ピアーズが描く大人そのものになった。高校時代から大人びているとは思っていたけれど、こうして私服姿を見ると余計に思う。

 

「きちんと彼女はわかってくれたよ」

「ならいい。今日は明日の朝まで飲み明かすつもりだから覚悟しておけよ」

 

クレイグはそう言いながらコンラッドにボールを投げる。それが始まりのホイッスルになったようで、途端にバスケットボールのプレイが始まった。

コンラッドは、いまも大学のバスケットサークルに所属しているようで、軽快なボールさばきを披露してくれる。コンラッドは素早くボールを背中に回して背後にいたユージンに投げた。それをユージンがキャッチして走りだす。2on3にならないようにエルバートが自然にコートから抜けた。そして声援を投げる。

ユージンがゴールを決めようとした瞬間、クレイグの手がそのボールをキャッチして攻守逆転した。クレイグは伸びやかな姿勢で走りだし、その青い瞳でピアーズに動きを促す。

ボールは二度ピアーズの手に渡り、最後クレイグに渡ったらそのままゴールに吸い込まれていった。

 

「エル!交代交代!」

「OK!引っ掻き回してやれ!」

 

ユージンはエルバートとハイタッチしてコートから出た。コンラッドはクレイグに渡されたボールをつきながらエルバートが配置につくのを待つ。

冬なのに少し動いただけでピアーズは汗ばんだ。マフラーを外してコート外にいるユージンに投げる。

クレイグは首を回しながらコンラッドが動き出すのを待っている。対するコンラッドはエルバートの位置とピアーズ、クレイグの位置からどう動くのがベストか思案しているようだ。

そして堰を切ったように走り出す。

 

「エル、右!」

 

コンラッドが叫ぶより先に、コンラッドの手から離れたボールはクレイグの手に吸いつけられた。

その瞬間、クレイグの口元が得意げに緩む。そのクレイグの表情が、ピアーズの胸に強烈に焼き付いた。

ピアーズがそんな瞬間に気を取られている間に、もうボールはゴールに落ちている。

クレイグがニコニコと嬉しそうにこちらへ歩いてきたので、ピアーズは手を差し出してハイタッチを求めた。

しかし、首を少し振ってからボールをピアーズに投げ、その足でコンラッドの隣へ向かってしまう。

 

「動き早すぎ」

「お前がどう動きたいかなんて目を見てりゃわかるよ」

 

クレイグがコンラッドにはっぱをかける。コンラッドは笑いながら首を振った。

 

「ピアーズ!お前は相変わらずのアシストプレイヤーだな!」

 

ユージンがそう言いながらピアーズにボールを投げる。ピアーズはそれを受け取ってゴールに放り込んだ。

そうしながらもどこか、コンラッドとクレイグの様子が気になってしまう。

 

「お前なんかいま故障してる?」

「右足かな」

「あんま無理すんなよ?」

 

コンラッドが足を内側に向けて上げた。その肩をクレイグは掴んで支える。その素振りはとても自然だが、ピアーズは心の中に切なさを感じていた。

 

 

クレイグは、自分には触れない。

 

 

時々ふと触れてしまったときには、とても罪深いことをしたようなしおらしい態度を取るのだ。さっきもそうだ、ハイタッチを求めたのをわかっていて、クレイグはそれを敢えて避ける。

 

「ナイス!Heyパスパス!こっちだ」

 

エルバートとユージンが、遊び足りない子どものようにはしゃぎながらコートを駆け回っている。

ピアーズはボールを思い切りエルバートに向かって投げた。それをユージンがカットしてそのままゴールへ駈けていく。

 

「おいノーコンだぜ!」

「悪い!」

 

いつのまにかプレイはユージンvsピアーズ、エルバートの1on2になっている。ピアーズはユージンを追った。

 

「エルそっちからまわれ!」

「わかってる~!」

 

お調子者のエルバートは語尾を伸ばしてわざと不恰好に走って見せる。ピアーズもユージンもそれを見て思わず噴き出した。

 

「お前守備範囲広すぎ!」

「レパートリーあるな、ほんと!」

 

エルバートはその2人の笑い声を声援と取り、さらにユージンが笑ったすきに奪ったボールを使っておどけてみせた。ユージンはすっかり座り込んで笑っている。

 

「もっとイイのちょうだい、もっともっと」

 

ピアーズが煽ってやるとエルバートはそれに応えるようにしてあらゆる走り方や飛び回り方をしてみせた。エルバートはトリッキーな動きが得意だ。自身の高い身体能力を駆使してくる。

 

「もう一戦やろうぜ!」

 

笑い転げている三人に、クレイグが後ろから声をかける。

それにエルバートはすぐさま反応し、妙な動きでクレイグにボールを取ってみろと挑発した。クレイグもわざとムキになった振りでエルバートの足元をうろつくボールを取り上げた。エルバートがおどけた溜息をついてクレイグを見る。

 

「お前はとんだチートだな!このバスケットチートマシンめ!」

「ひどい罵声だぜ」

 

そこからチームを変えて何戦かやるうちにみんな汗だくになって、一番近いクレイグの家に場所を変えることにした。

 

 

 

 

 

「クレイグ!ガウンはー?」

「もう向こうに置いてあるはず」

 

5人いっきはなんか気持ち悪いし1人ずつは効率が悪いというユージンの提案で、3人と2人に分かれてシャワーを浴びに行くことにした。

 

「俺はそんなに汗かいてないからいいんだけど」

「まあいいじゃん?たまには裸の付き合いも」

 

クレイグがコンラッドをなだめる。

結局いつもの分かれ方で、ピアーズはユージン・エルバートとともにシャワールームへ向かった。

 

「こないだ会ったのいつだっけ?」

「夏じゃね?ほら、海行ったやつだろ?」

「そうだ。なんだよ、半年前じゃねえか」

「半年か、なら俺に恋人が出来てねえのも頷ける」

 

エルバートが大げさに手を広げる。それはコメディ映画の主人公のように見えて、彼はとびきりのエンターテイナーだとピアーズは改めて感じた。そういう仕草がこんなに様になる人間も珍しい。

 

「コイビト、ねえ。最後に出来たのは?高校?」

「ああ」

「マジ?俺は大学入ってすぐ出来たぜ。すぐ別れたけどな」

 

ユージンが楽しそうに話し出す。

結局過去の女も遊びも、男同士で楽しく過ごすためのタネになるようだ。そんな仲間たちがなんとなく愛おしい。

 

「ピアーズは?お前まさかまだ童貞?」

「バカ言えよ。んなわけねえだろ」

「それともなに、充実しまくっちゃってんの?女取っ替え引っ替え?アレ?お前高校のときの彼女で童貞捨てたんだっけ?」

 

ユージンが興味津々といった様子で聞いてきた。ピアーズは実際、高校時代に一度女性と付き合い、そのあとすぐに不毛な恋に落ちたから、そんなに恋愛経験は豊富ではない。

バスルームについてみんな各々服を脱ぐ。もう今更躊躇いはない。

 

「あの彼女じゃねえよ。別に普通」

「コンラッドに頼んでみろよ。女落とすレクチャーしてくれって!あいつのモテっぷりはハンパじゃねえからな!クレイグもモテるだろうけど、あいつは女に興味なさそうだし」

「別にいまはいいよ、学業に専念する」

「女遊びも経験しとかねえと社会出てからつらいぜ?今のうち遊んでおけって!」

 

帰って来てすぐにクレイグがバスルームに向かったと思ったら、暖房をつけておいてくれたらしい。バスルームは暖かく、服を脱いでも冷えることはなかった。

 

「逆に女性経験なんて社会に出てからいくらでも得られるじゃん。いましかこの勉強はできない」

「だよな!俺もそう思って恋人作らなかったんだ」

「嘘つけよエル。お前はガチでできねえだけな!お前は自分の能力を笑いに振りすぎなんだよ。もっと気取ってみろ、それこそクレイグやコンラッドみたいに」

 

ユージンの言に耳を傾けながらシャワールームに入る。放っておいてもこの2人はずっと喋っていられるだろう。

 

「コンラッドはいま何人に手出してんの?」

「4人くらいじゃねえ?あいつの口から4人くらいの名前出るぜ。確か、ベティ、ボニー、アンと…あと誰だっけな」

「ベアトリスが本命だろ?」

「ああ、そうだ、あのイイ女な」

「本命は何も言わないの?」

「そういうとこもわかって付き合ってるんだってよ」

「まじか、懐のデカイ女だぜ」

 

ユージンとエルバートは二人でコンラッドの恋愛事情を噂するのに忙しい。コンラッドは2人とは別の大学だが、アルバイト先が同じということで今も頻繁に会っているようだ。

ピアーズはとびきり熱い湯を浴びた。身体が芯から温まる。

こうして仲間たちといても、黙るとクレイグのことを考えてしまう。コンラッドといま、何を話してどんな顔をしているのだろう。自分と話しているより幸せそうだったら、と考えて止める。考えるだけ無駄だと自制する。

 

「俺もムスコしゃぶりながら喜んでくれるくらいの懐のデカイ女が欲しいぜ」

「そりゃ懐がデカイとかって話じゃねえな!」

「最近セックスしてねえからたまってんだよ!」

 

ユージンとエルバートの痛快な会話を聞きながら、ピアーズは一人もの思いに耽っていた。

 

 

 

 

 

 

 

作:yukino

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